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安里屋ユンタとは|歌詞の意味と囃子「マタハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ」をやさしく解説

こんにちは。
栗山新也沖縄三線教室の栗山です(*^^*)
沖縄の歌をまだあまり知らないという方でも、「サー君は野中のいばらの花か」というフレーズや、「マタハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ」という囃子(はやし)を、どこかで耳にしたことがあるかもしれません。
これは「安里屋ユンタ(あさどやユンタ)」という沖縄の歌です。沖縄を代表する歌として全国的に知られ、今もさまざまな場面で歌い継がれています。
この記事では、あの独特な囃子の意味や、もとの歌に出てくるクヤマの物語、そしていま親しまれている安里屋ユンタを誰がつくったのかを、初めての方にもわかりやすくご紹介します。
「マタハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ」の意味
安里屋ユンタといえばこのフレーズ、という方も多いのではないでしょうか。
八重山(やえやま)の言葉で、「ああ、やれ、愛おしい娘であることよ」という意味とされています。歌全体のテーマをまとめた囃子で、どの節も最後はこの言葉で締めくくられます。
いっしょに歌われる「サーユイユイ」は、特に意味のない掛け声です。
安里屋ユンタの歌詞の意味
歌詞は歌い手や本によって違いがあります。一番は、たとえば次のように歌われます。
サー 君は野中のいばらの花か サーユイユイ
暮れて帰れば ヤレホニ 引き止める
マタハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ
意味をたどると、こうなります。「あなたは野に咲くいばらの花でしょうか。日も暮れてきたので帰ろうとすると、引き止める。ああ、愛おしい娘であることよ」。
「いばらの花」は、相手のことをたとえた表現です。
あいだにはさまる言葉についても触れておきます。「サー」は囃子です。「ヤレホニ」は「やれ、ほんに」、つまり「本当に」という意味です。
全体を通して、男女の恋の情景を描いた歌になっています。
「ユンタ」とはどういう意味?
「ユンタ」とは、沖縄県の八重山諸島に伝わる歌のかたちのひとつです。農作業などのときに歌われた労働歌で、二人(または二組)が交互に歌い継いでいくのが特徴です。
語源については、おしゃべりを意味する「ゆんたく」と関係があるという説のほか、「結い歌」「読み歌」などの説もあり、はっきりとはわかっていません。
もとの歌に出てくるクヤマの物語
安里屋ユンタには、もとになった歌があります。八重山諸島に伝わる、同じ名前の方言の歌です。
曲名の「安里屋」は、竹富島にあった家の名前です。もとの歌は、この家に生まれたクヤマという美しい女性の物語を、長い節を重ねて歌っています。
クヤマは、目差(みざし)という役人から旅妻(任地での妻)になるよう求められますが、これを断ります。目差は、村の助役にあたる役職です。
思いを遂げられなかった目差役人は、クヤマへの面当てに、兼間家のイシケマという娘を求めます。兼間家の人が「娘が欲しければどうぞ」と差し出すと、目差役人は大喜びでイシケマを迎えました。酌を取らせてみると、イシケマは礼儀にもかない、風情も豊かな娘でした。二人は結ばれて男の子と女の子をもうけ、それぞれ立身させたという内容です。
もとの歌の内容は、伝わる場所や本によって少しずつ違います。
安里屋ユンタは誰がつくったの?
いま親しまれている安里屋ユンタは、このもとの歌のメロディーをもとに、1934年(昭和9年)に日本コロムビアの企画でつくられ、レコードとして発売されたものです。詩人の星克(ほし かつ)が誰にでもわかる共通語で新しく歌詞をつけ、八重山出身の作曲家宮良長包(みやら ちょうほう)が前奏を加えて全体を編曲しました。もとの歌と区別して「新安里屋ユンタ」と呼ばれることもあります。
大正の終わりから昭和のはじめにかけて、日本では作詞家や作曲家が民謡風の新しい歌をつくる「新民謡」が盛んになっていました。安里屋ユンタも、その流れの中で生まれた歌です。
このレコードをきっかけに、安里屋ユンタは沖縄を代表する歌として知られていきます。
意外に思われるかもしれませんが、1934年に発売された最初のレコードに三線は入っていません。伴奏はピアノとバイオリンだけでした。三線の音が加わるのは、その後に生まれたさまざまなバージョンからです。
もとの歌と1934年の歌はどう違うの?
二つの歌のメロディーは、ほぼ同じです。一方で、言葉や内容、歌い方には大きな違いがあります。
まず、言葉です。もとの歌は八重山の方言で歌われ、1934年の歌は共通語で歌われます。
次に、歌の内容です。もとの歌は、クヤマや役人が登場する物語になっていて、首里の王府が治めていた時代の暮らしが背景にあります。1934年の歌は、男女の情のやりとりを軽やかに描いています。
そして、歌い方です。もとの歌は三線を使わず、男女が交互に歌います。先に男性がメロディーを歌って女性が「サーユイユイ」と声をかけ、次の節では交代して女性がメロディーを歌います。男女が対等に歌い継いでいく形です。広く知られている1934年の歌は、三線などの伴奏に前奏や間奏がつき、一人の歌い手が主な部分を歌って、繰り返しの部分に囃子が加わる形になっています。
全国に広まったのは1934年の歌で、もとの歌は沖縄でも知らない方が少なくないといわれます。八重山の島々では、いまも各地で歌い継がれています。
安里屋ユンタはなぜ全国的に有名になったの?
沖縄の民謡はたくさんあるなかで、なぜこの一曲が全国で知られるようになったのでしょうか。理由はいくつか挙げられています。
ひとつは、歌詞が共通語だったことです。誰が聴いても意味がわかり、そのまま口ずさめました。
もうひとつは、メロディーが本土の人の耳になじみやすかったことです。安里屋ユンタの音の並びは八重山に古くからあるものですが、たまたま当時の日本で流行していた歌の音階と同じでした。そのため、沖縄の歌でありながら、初めて聴く人にも歌いやすかったのです。
そしてもうひとつが、あの囃子の響きです。共通語の歌詞のなかに「ツィンダラ カヌシャマヨ」という聞き慣れない言葉が繰り返し出てきます。本土の人にとっては意味のわからない響きでしたが、それがかえって南の島の情緒を感じさせ、「これぞ沖縄の歌だ」という印象を強くしたと言われています。
太平洋戦争のころには、「チンダラ カヌシャマヨ」を「死んだら神様よ」と替えて歌う替え歌が兵士のあいだで歌われ、全国に広まったとも伝えられています。
わかりやすさとほどよい異国情緒に、こうした広がりも重なって、安里屋ユンタは全国で親しまれる歌になりました。
いろいろな安里屋ユンタを聴いてみる
安里屋ユンタは、これまで数えきれないほどの歌手が取り上げてきました。
男女のかけ合いで歌うものや一人で歌うもの、三線だけの伴奏で歌うものやオーケストラが加わるものなど、さまざまです。歌詞を新しく作った替え歌もあります。
よく歌われる「沖縄よいとこ一度はおいで」という一節も、じつは1934年の歌詞にはありません。のちに観光向けに付け加えられたものです。
同じ曲名でありながら、雰囲気はずいぶん違います。聴き比べてみると、この一曲が持っている表情の幅に驚かれると思います。

安里屋ユンタは三線で弾けるの?
安里屋ユンタは、初心者の方でも弾きやすい曲です。歌になじみがある方なら、旋律をすでに知っている分、覚えるのが楽になります。また、長く声をのばすところや難しい旋律も出てきません。
練習どころは、歌と三線を同時に進めるところです。三線の手だけなら弾けるのに、弾き歌いになった途端に手が止まってしまうことがあります。これは安里屋ユンタにかぎらず、沖縄民謡を練習する多くの方が最初に通る道です。
当教室では、まず三線の弾き方の基礎を学んでいただき、そこから少しずつ歌と合わせられるように進めていきます。
よくある質問
- 「マタハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ」はどういう意味ですか?
-
八重山の言葉で「ああ、やれ、愛おしい娘であることよ」という意味とされています。
- 安里屋ユンタの「ユンタ」とはどういう意味ですか?
-
八重山諸島に伝わる歌のかたちのひとつで、二人(または二組)が交互に歌い継いでいく労働歌を指します。語源については、おしゃべりを意味する「ゆんたく」と関係があるという説のほか、「結い歌」「読み歌」などの説もあり、はっきりとはわかっていません。
- 安里屋ユンタは誰がつくったのですか?
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1934年に発売された安里屋ユンタは、八重山諸島に伝わる方言の歌のメロディーに、星克(ほし かつ)が共通語の歌詞をつけたものです。作曲家の宮良長包(みやら ちょうほう)が前奏を加えて全体を編曲しました。
- 安里屋ユンタはどこの島の歌ですか?
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八重山諸島に伝わる方言の歌がもとになっています。もとの歌に登場するクヤマは竹富島の女性とされ、竹富島にはクヤマの生家跡や墓と伝えられる場所が残っています。竹富島へは、石垣島からフェリーでおよそ10分です。
- 安里屋ユンタに出てくるクヤマとは誰ですか?
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竹富島の安里屋という家に生まれたとされる女性で、たいへんな美人だったと伝えられています。もとの歌では、役人である目差(みざし)の求めをクヤマが断る物語が歌われます。1934年の歌詞にこの物語は出てきませんが、曲名の「安里屋」はこの家の名前に由来しています。
- 「新安里屋ユンタ」とは何ですか?
-
1934年に共通語の歌詞でつくられた安里屋ユンタを、八重山諸島に伝わるもとの歌と区別してこう呼ぶことがあります。いま一般に親しまれているのはこちらです。
- もとの歌と1934年の歌はメロディーが同じですか?
-
ほぼ同じです。言葉、歌の内容、歌い方には大きな違いがあります。
- 安里屋ユンタはなぜ有名になったのですか?
-
歌詞が共通語でわかりやすかったこと、メロディーが当時の本土で流行していた歌の音階と同じで歌いやすかったこと、「ツィンダラ カヌシャマヨ」という囃子が南の島の情緒を感じさせたことが挙げられます。太平洋戦争のころの替え歌で全国に広まったとも伝えられています。
- 「沖縄よいとこ一度はおいで」は元からある歌詞ですか?
-
いいえ。1934年の歌詞には含まれておらず、のちに観光向けに付け加えられたものです。
- 三線を始めたばかりでも安里屋ユンタは弾けますか?
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メロディーになじみがあり、長く声をのばすところや込み入った旋律も出てこないため、初心者の方でも弾きやすい曲です。歌と三線を同時に進めるところが練習どころになります。当教室では三線の弾き方の基礎から学び、少しずつ歌と合わせられるように進めていきます。
おわりに
安里屋ユンタは、八重山諸島に伝わる方言の歌のメロディーに共通語の歌詞がつけられ、1934年のレコードをきっかけに全国に広まった一曲です。
初心者の方でも弾きやすい曲なので、沖縄の音楽に興味を持ちはじめた方は、まずこの一曲から親しんでみてはいかがでしょうか。

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