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ヒヤミカチ節の意味とは?歌詞の内容と、戦後の沖縄を励ました歌の生まれた背景

こんにちは。
栗山新也沖縄三線教室の栗山です(*^^*)
「ヒヤミカチ節」は、威勢のいい掛け声と速い三線が印象に残る曲です。沖縄では世代をこえて多くの人に親しまれている一曲です。教室でこの曲を弾いていると、「ヒヤミカチってどういう意味ですか」と聞かれることがあります。
今回は、「ヒヤミカチ節」の歌詞に何が書いてあるのか、この歌を作った人たちのこと、そしてどんな時代に生まれたのかを、はじめての方にもわかるようにご紹介します。
「ヒヤミカチ」とは?
「ヒヤミカチ」は、「エイッ」と気合いを入れるときの沖縄の言葉です。歌の中で何度も出てくる「ヒヤミカチ ウキリ」は、「気合いを入れて起き上がれ」という意味になります。
それぞれの番の終わりには、「ヒヤ ヒヤ ヒヤヒヤヒヤ」という囃子(はやし)が入ります。囃子は歌の合間に入る掛け声のことで、歌っている人も聴いている人も一緒に声を出せるのが、この曲の楽しいところです。
歌手の登川誠仁さんは、闘牛場でこの歌が評判になったという話を残しています。闘牛で牛をけしかける勢子(せこ)の気合いと、「ヒヤヒヤヒヤ」の囃子がぴったり合ったのだそうです。闘牛がさかんな沖縄らしいお話ですね。
ヒヤミカチ節はだれが作ったの?
「ヒヤミカチ節」は、作った人の名前がわかっている、戦後生まれの歌です。作詞は平良新助(たいら しんすけ)、作曲は山内盛彬(やまうち せいひん)です。今では沖縄民謡の定番として、多くの人に歌われています。
作詞の平良新助とは?
平良新助は今帰仁村(なきじんそん)の出身で、沖縄から海外への移民の先がけとなった人の一人です。19世紀の終わりごろにハワイへ渡り、事業家として成功しました。遠く離れたハワイにいても、ふるさとの沖縄のことをずっと気にかけていました。
沖縄戦で焼け野原になった沖縄に向けて、「もう一度立ち上がろう」という思いを詩に書いたのが、この歌詞のもとになっています。
作曲の山内盛彬とは?
山内盛彬(1890〜1986年)は首里の生まれで、琉球王府に仕えた音楽家だった祖父から琉球の古典音楽を学びました。沖縄の各地に残る古い歌や祭りの歌を楽譜や文章に書きとめ、後の世に残す仕事に力を注いだ音楽家です。
山内さんは、ハワイで仏教を広めた玉代勢法雲(たましろ ほううん)さんが平良新助の詩を持って訪ねてきたことがきっかけで、この曲を作ったと書き残しています。戦争で打ちひしがれた人びとの心を奮い立たせる歌を作ってはどうか、と勧められたのだそうです。ハワイで暮らす二人と沖縄の音楽家という、海を越えたつながりからこの歌は生まれました。
山内さんが暮らした沖縄市の施設には、「ひやみかち節」の歌碑が建てられていて、この歌のコンクールも開かれています。
ヒヤミカチ節はどうやって広まったの?
曲は1950年代に広まりました。作曲家の普久原恒勇さんは、最初にレコーディングしたのは当時12歳の知名定男さんだったと話しています。
その後、登川誠仁さんが速い三線で大胆にアレンジして持ち歌にし、沖縄中に広がっていきました。登川さんは「誠小(セイグヮー)」の愛称で親しまれた沖縄民謡界の大御所で、映画「ナビィの恋」にも出演しています。三線の早弾きでも知られ、「ヒヤミカチ節」は登川さんを代表する持ち歌のひとつになりました。
1950年代から本土復帰までの沖縄は、アメリカの統治下で、土地の接収や基地の問題に揺れていた時代です。そんな激動の時代に、「立ち上がろう」と歌うこの曲と、登川さんの力強い歌声と早弾きがよく合い、多くの人の心をつかみました。
このあと1960年代からは、「芭蕉布」や「ハイサイおじさん」など、新しい沖縄の歌が次々と生まれていきます。その流れは別の記事でご紹介しています。
ヒヤミカチ節の歌詞の意味とは?
「ヒヤミカチ節」の歌詞は5番まであります。ここでは、いちばんよく知られている1番をご紹介します。
※歌う人や歌詞集によって、歌詞の順番が入れかわることがあります。
1番では、何度転んでも気合いを入れて起き上がり、私たちのこの沖縄を世界に知らせよう、と歌います。冒頭の「七転び転でぃ」は、日本語の「七転び八起き」を思わせる言葉で、何度も転んで、という意味です。そのあとに「ヒヤミカチ起きり」、つまり「気合いを入れて起き上がれ」と続きます。後半の「我した此ぬ沖縄 世界に知らさ」は、「私たちのこの沖縄を、世界に知らせよう」という意味です。
戦争で何もかも失ったあとに、「転んでも起き上がろう」「沖縄を世界に知らせよう」と歌うこの歌は、沖縄の人びとの気持ちと重なり、長く歌い継がれてきました。今では、海外で暮らす沖縄系の歌い手が、自分の国の言葉の歌詞を加えて歌うこともあります。
三線で弾くときのコツは?
「ヒヤミカチ節」はテンポが速く、三線の手も忙しい曲です。速く弾けるようになると気持ちがいいのですが、登川誠仁さんは生前、「ヒヤミカチ節は早弾きを競うものではない」と話していたといいます。
はじめて弾くときは、ゆっくりのテンポで工工四(くんくんしー)に書いてある音を一つずつ確かめながら弾き、慣れてきたら少しずつテンポを上げていくと、きれいに弾けるようになります。掛け声は、弾きながら言うのが難しいうちは、まわりの人にかけてもらうだけでも気分が盛り上がります。歌詞の意味を知ったうえで、掛け声に気持ちを込めて歌うことが、この曲をいちばん楽しむ弾き方だと思います。
教室では、基礎を身につけたあとの民謡クラスで、こうした元気な曲にも挑戦していきます。歌の背景を知ると、掛け声にも自然と力が入ります。
無料体験レッスンを実施しています
栗山新也沖縄三線教室では、京都・大阪なんば・津・鈴鹿・四日市・名古屋の6教室で無料体験レッスンを行っています。生徒さんの9割が楽器未経験からのスタートです。はじめての方も大歓迎です。
各教室のレッスン日程は教室ページでご確認ください。
